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【社員コラム】 「東京に行く人がいないなら、自分が行く」──製造部課長から製作渉外部へ、異例のキャリアチェンジ ~製作渉外部 和佐田 朗~

職人として入社し、主任、課長とキャリアを重ねてきた和佐田さん。今年2月、製造部課長から製作渉外部へ異動しました。課長クラスの部署をまたぐ異動は、社内でも前例がありません。そして8月からは、東京営業所の立ち上げメンバーとして赴任します。名古屋本社での勤務最終日、その決断の裏側を聞きました。


職人として10年。まずは、これまでのキャリアを教えてください

製造部の職人として2016年5月から働きはじめて、今年の6月でちょうど10年になります。主任になり、課長になり……正直、当時の工房長の背中を見ながら「いつか自分も工房長になるんだろうな」と思って、ずっとこの製造部で働いてきました。

その気持ちが変わったきっかけは何だったんでしょう

工房長が代替わりしたときですね。このままひたすらこの道を進んでいけば、いずれ自分に引き継がれるんだろうな、と。ゴールがパッと見えてしまったんです。そのときに「次のステップって、そういうことなのかな」と考えるようになりました。もっと上を目指したい、と思った瞬間に、気持ちが変わってしまいました。

そこで「東京」が出てくるんですね

うちは3年ビジョン、5年ビジョンをずっと社内で共有していて、その中に「まずは東京に出よう」という話が前からありました。最初は正直、自分とは関係のない話として聞いていたんです。でも主任、課長とキャリアが上がって見える景色が変わると、東京営業の必要性を肌で感じるようになりました。じゃあ何が原因で東京展開が始まらないんだ、と考えたら、答えはシンプルで「行く人がいないから」だったんです。

だから僕の場合、「製作渉外部に行こう」が先じゃないんですよ。「東京に行く人になろう」が先。そこからキャリアチェンジが始まりました。

きっかけがあったんですか

昨年の11月末まで動いていた大型案件です。ゼネコンさんと直接やり取りをする大きな規模の現場で、名だたる大手メーカーさんも一緒に入っていました。うちはその中では、ものすごく小さい会社です。

でも、自分たちのやりたいことを進めて、決めた工程に間に合わせるには、もっと前にグイグイ出て音頭を取らないといけない。今までの自分なら「それは職人の仕事じゃないな」と敬遠していたと思います。「誰かがやってくれるでしょう」と。でも、誰かが旗を振らなきゃ現場は動かない。「じゃあ僕がやるか」と。

実際に旗振りを始めたら、大手のみなさんも、うちを侮らずにちゃんと話を聞いてくれたんです。コミュニケーションを取りながら、現場の全員が同じゴールを目指して走っていく。これって、ものづくりとすごく似ているなと思いました。楽しかったし、「自分にもこの仕事、できるんじゃないか」と思えました。

もうひとつ、現実的な話もあります。当時、製作渉外部のメンバーがずっと現場に出ずっぱりで、工房のものづくりが進まない状況でした。「現場に本当に立てる人間が現場に立って、他のみんなが段取りをする時間をつくったほうが、会社としてずっと効率がいい。だったら僕が東京で現場を回せばいい」と。

会社側の反応はどうでしたか

ちょうど面談で社長と話す機会があって、僕のほうから「東京展開、いつ始めるんですか。人がいないんですか。じゃあ僕が行きますよ」とハッパをかけたんです。その直後に、製作渉外部から熱烈なアプローチが来まして(笑)。「製作に来てください。現場を回してください。」と。

社長の思惑と、僕の思惑と、製作渉外部の思惑。この3つがカチッと合った。それで「製作渉外部に移って、東京に行く」というのが一番丸い形になるよね、という話になりました。

課長クラスが人事異動で他の課に行くというのは、たぶん他の会社でも前例がないレベルのことだと思います。それでも、手を挙げたら会社がちゃんと受け止めてくれました。

職人時代に関わった案件

実際に異動してみて、ギャップはありませんでしたか

覚悟はしてきたつもりでしたが、思った以上に渉外部のことを何もわかっていなかったなと。半年やって、やっと掴み始めたかなというくらいです。最初の1ヶ月はタイピングが遅すぎるし、メールの文面をどう書けば失礼がないのかを延々考えていて、「これ、めちゃくちゃ無駄なこと考えてるかもしれない」と思いながらやっていました(笑)。 ただ、根っこの部分は変わらないんです。ものを作っていても、渉外をやっていても、現場に立っていても、「どうすればみんなが作りやすいか、働きやすいか」「そのために今の自分のポジションで何ができるか」を考えるのは同じ。段取りをするという大きなくくりで見れば、工房の課長時代とそう変わりません。

職人としての10年は、武器になっていますか

なっていると思います。打ち合わせで仕上がりの話をするときや、「この作りだと現場でこういうトラブルが起きますよ」という予測は、経験値として持っている。「元職人なので、こういうことわかりますよ」と言えるのは、そのまま説得力になります。

図面をいただいた段階で「実際に作るとこうなりますけど、いいですか」と先に確認できるので、職人に持ち帰って、質問を上げて、また戻して……というステップがまるごと省ける。お客様からも「わかってくれていて助かる」と言っていただけることが増えました。コストを抑える方向の提案も、強気に出していけます。

8月から、いよいよ東京ですね

東京の案件が増えているのに、そこに人がいない。すぐにクライアントに会いに行けて、すぐに現場に行ける──その体制をつくるための赴任です。仕事の内容自体は、本社でやっていることと変わりません。

野望は、はっきりあります。まだ内緒ですが…。

これまでの仕事でいちばん想い入れのある作品と共に

最後に、これから就職先を選ぶ学生のみなさんへ

入口が職人でも、そこで終わりじゃない。それを伝えたいです。僕は10年間ずっとものをつくってきて、いま製作渉外部にいて、8月からは東京に行きます。ひとつの職種に閉じ込められることはありません。

大事なのは、「やりたい」と口に出すことだと思います。この会社は、手を挙げた人間の話をちゃんと聞いてくれる。僕自身、社長に直接「行きますよ」と言えたし、それが実際に形になりました。

入社したときの自分で、これから先のキャリアを決めなくていいんです。働きながら見える景色が変わって、目指したい場所が変わったなら、そのとき手を挙げればいい。その挑戦を後押ししてくれる会社だと、僕は思っています。

(インタビュー:本社勤務最終日にて)

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